学研全訳古語辞典 |
あ・し 【悪し】
活用{(しく)・しから/しく・しかり/し/しき・しかる/しけれ/しかれ}
①
悪い。
出典枕草子 ふと心おとりとかするものは
「いづれをよしあしと知るにかは」
[訳] どれがよい、どれが悪いと判断するのであろうか、いや、わかりはしない。
②
荒れ模様である。▽天候が悪い。
出典土佐日記 一二・二七
「今日、風雲のけしきはなはだあし」
[訳] 今日は空のようすがひどく荒れ模様である。
③
みすぼらしい。いやしい。
出典枕草子 わびしげに見ゆるもの
「下衆(げす)女のなりあしきが子負ひたる」
[訳] 身分の低い女で身なりのみすぼらしいのが子供を背負っているの(はわびしい感じがする)。
④
下手だ。
出典宇治拾遺 三・六
「年頃(ごろ)、不動尊の火炎をあしく書きけるなり」
[訳] 長年、不動尊の後背の炎を下手に書いてきたことだった。
⑤
まずい。▽味が悪い。
出典枕草子 思はむ子を
「精進(さうじ)物のいとあしきをうち食ひ」
[訳] 精進(しようじん)物でひどくまずいのを食べ。
⑥
具合が悪い。不都合である。
出典源氏物語 桐壺
「唐土(もろこし)にも、かかることの起こりにこそ、世も乱れ、あしかりけれと」
[訳] 中国でもこんなことが原因で、世の中が乱れて具合の悪いことになったのだと。
わる・し 【悪し】
活用{(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ}
「わろし」に同じ。◆「わろし」の変化した語。
出典枕草子 御かたがた、君たち
「『それは人に従ひてこそ』と申せば、『そがわるきぞかし』」
[訳] (清少納言が)「それは相手によりけりです」と申し上げると、(中宮は)「それ(=相手によって信念を曲げること)が、よくないのだよ」
わろ・し 【悪し】
活用{(く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ}
①
よくない。好ましくない。感心できない。
出典枕草子 ふと心おとりとかするものは
「男も女も、ことばの文字いやしうつかひたるこそ、よろづのことよりまさりてわろけれ」
[訳] 男でも女でも、言葉遣いを下品につかったのは、どんなことにもまして好ましくない。
②
見栄えがしない。見劣りがする。みっともない。美しくない。
出典枕草子 春はあけぼの
「昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶(ひをけ)の火も白き灰がちになりてわろし」
[訳] 昼になって、だんだん生暖かく、(寒さが)やわらいでいくと、丸火鉢の炭火も白い灰が目立つ状態になって、みっともない。
③
下手だ。つたない。上手でない。
出典宇治拾遺 三・六
「年ごろはわろく描きけるものかな」
[訳] 長年の間、(絵を)下手に描いていたものだなあ。
④
貧しい。
出典大和物語 一四八
「年ごろ渡らひなどもいとわろくなりて」
[訳] 数年来暮らし向きなどもたいそう貧しくなって。
参考
中古から中世にかけては「わろし」の対義語は「よろし」、「あし」の対義語は「よし」であるととらえてよい。
語の歴史
「あし」は奈良時代から用いられているが、「わろし」は平安時代に入ってから例が見いだされる。「わろし」から転じた「わるし」は、平安時代から並行して現れるが、やがて「あし」「わろし」の両者を吸収する形で現代語へと続いていく。
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